04/10/2006

「音読」のコツ〜3

 文単位で読んでいくとき、文としてのイントネーションの方が大切なので、単語単位のアクセントはこれに吸収されて消えてしまうことがあります。文全体で、いちばん低いところから高いところまで、音階にしてだいたい3段階に分けてイントネーションを作っていくといいと思います。

 例えば

"La mia borsa è grande." 私のバッグは大きいです。

という文の場合、単語としてのアクセントはmiaはmi、borsaはbor…ですが、文全体となるといちばん低いキーからスタートして、borで1音階上がり、そのままのキーをキープして、granでもう1音階上がって、最後deで元の低いキーに戻る。こんな感じ。文字で読んでわかりますか?

 ここで低いキー高いキーというのは、自分の話す声の高さの中で、ということです。

 入門の人、音読の練習をしてない人、リスニングの不得意な人がこの文を読んだとき、ありがちな変なイントネーションを下にあげてみますと…

変1 Laを高いキーから読み始めて、そこから下がっていく。こういう人、多いですよ。他の文でも、Ci sono〜とか、Mi dai〜とか、代名詞で始まる文でも、高いキーから初めて下がっていく人、多いです。お手持ちのイタリア人が読んだ音源で確認していただきたいのですが、それはかなり珍しいと思います。

変2 上の例文で、Laを低いキーから始めても次のmiaでもう音階があがる人。これも違います。そうなるのは、「私の」かばんだ、と強調するときですね。

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25/09/2006

「音読」のコツ〜2

 よく、リスニングが不得意な人が言います。「全部続けて聞こえるんです」「どこで切れるかわからない」… だったらやはり、自分も続けて発音できるようになって、そういうものって思えるようになるしかないでしょう。前回の話と重複しますが、声を途切れさせないということがそこに繋がります。正しく区切るのを、最初は3〜4語から始めて、慣れてくれば6〜7語、最終的には2行程度は一気にいけるようになるまで。

 ただ続けるのではイタリア人らしくなりません。そこに必要なものはイントネーションです。まずきっちり知っておかなくてはならないのは単語のアクセント。アクセントが違うのは発音が違うのと同じです。そして、アクセントは日本語のような高低で区別するものではなく、長短だということを確認して下さい。Italiaはtaにアクセントがあるので、taを長く伸ばして発音します。「イターリア」。そのとき、「ター」の部分は、その他の部分(イ/リア)より高い音になっていることが多いですが、実は低くなってもいいんです。長短さえあっていれば高低はひっくり返ってもかまわないんです。

 いやー、こーゆー話を文字で伝えるのって大変ですね。でへ。レッスンでは生徒さん相手に実演できるんだけど。

 アクセントが長短であって、高低差を付ける必要がないということをしっかり頭で理解した上で、次の文全体のイントネーションへとつなげましょう。と、いうことで、コツのふたつめは、イタリア語のアクセントの意味の確認です。

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21/09/2006

音読のコツ〜1

 テキスト付属のCDやネットのラジオなど音源を聴くのももちろんいいけど、私は音読を勧めます。
 自分の声は、外から聞こえる音と違って、体の中、頭蓋骨の内側で反響して、より記憶に残りやすい、という理論、どこで聞いたかも忘れたし、本当かどうかも知りませんが、私はこれを信じています。

 さて、ただ読むのではダメです。コツをおさえて効果アップしましょう。

 意味で最低でも3〜4語のフレーズに文を区切って、そこで息継ぎをするんですが、その間は”声を出し続ける”こと。これ、案外できない人が多いです。最初は焦って速く読む必要はありません。ゆっくりでいいから、声を途切れさせないことが大切です。そうやっているうちに、だんだん速く読めるようになります。

 日本語って、句読点も含め、全部一続きに書きますが、イタリア語(だけじゃないけど)は、1単語1単語の間にいちいちスペースがあります。だから、どこで息継ぎしてもいいように錯覚してしまうんじゃないでしょうかね。でもそれって、例えば『私は子どもが大好きだ』というのを、『わたし は こども が だい すき だ』って書いてあるようなものですから、これを息継ぎするとしたら、「私は」の後で切るか、あるいは全部一息か、であって、それ以外のところで途切れると、それはやっぱり変… それと同じです。

 ということで、コツのひとつめは、正しく区切り、息継ぎから息継ぎまでの間は、声を途切れさせないことです。

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11/09/2006

テキスト活用してますか

  ふと気づくと、テキストって結構何冊も持っていたりします。日本で出版されたもの、イタリア語学校のテキスト、イタリアに行って買ったもの、先生からもらったプリント…。

 それは宝の山。そう思った方がいいですよ。あまりに簡単な短文などは別ですけど、スキットとか、長文とか。そこには勉強できることがいっぱい落ちています。

 一度読んだもの、意味がわかった時点でもうさよならしてしまうのは、あまりにもったいないです。そこで、私のところに来て下さる生徒さんたちには、いつもこういう風に勧めています。


・テキストを伏せて音源を聴く
・書き取る
・テキストで確認する


・テキストを自分流の日本語に訳す
・テキストを伏せて、自分の訳した日本語から、元のイタリア語を再現する
・テキストで確認する


・テキストを見ながら音源を聴く
・テキストを見ながら音源を真似て読む
・音源がなければ、想像でいいから、音読、音読、音読…


 音源のあるテキストは1〜3全部、ないテキストは2と3の最後を。2は特に、前置詞や冠詞の曖昧なところに効果があります。3はリスニング能力のアップにも役立ちます。

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07/09/2006

前置詞aとin

 前回の前置詞の話にもらったシェッフさんのトラックバック記事で、場所を表すaとinの使い分けを読んで思いついたので書きますね。慣用的には、シェッフさんも書いておられるとおり、後ろに続く場所を表す単語との相性で決まります。まずはとにかくこの慣用を覚えるのが先決です。オンラインテキストにもちらっと書きましたが、男性名詞はaになって定冠詞がつき、女性名詞はinになって定冠詞が脱落する、という大変おおざっぱな傾向があるので、これを軸になんとかやっつけます。

 で、問題はここからです。慣用が外れる場合の状況と結果と、自分なりに研究してみるといいですね。

 たとえば、場所を表す単語に不定冠詞がつくとき、どうなるか。
例)
バールへ行く(慣用)  andare al bar
どこかのバールへ行く   andare in un bar
 冠詞だけでなく、前置詞からして変わってます。

 指示形容詞がつくとどうなるか。
例)
島へ行く(慣用)  andare all'isola
あの島へ行く   andare in quell'isola
 これも、冠詞だけでなく、前置詞からして変わってます。

 いつも脱落するところに定冠詞が入るとどうなるか。
例)
銀行へ行く(慣用)  andare in banca
いつもの銀行へ行く   andare alla banca
 逆のパターンですね。

 どうやら、aが定冠詞と、inが不定冠詞や指示代名詞と相性がいいのではないかという感じがしてきますね。

 さらに、その前に何の動詞が来ているか、その動詞の性質、特に動きがあるかないか、によって違ってくることがあります。

 これは、いつも授業では話してます。生徒さんにはプリントも作って差し上げてます。外に公表するのは今回初めてかな。出し惜しみ??(笑)いやいや、知ってる人はみんな知ってるよね。

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03/09/2006

イタリア語の傍観者にならないで

 教材にしろ、なんにしろ、イタリア語を日本語に訳すときは、文法に忠実であることよりも、自分の言葉遣いでできるだけ自然な文になるようにして下さい。難しい文章を自然な日本語に訳すには技術が必要で、それは翻訳者の仕事。私がここで言うのは簡単な文のことです。

 例えばalcuniという単語は、辞書をひくと「いくつかの」「数人の」と書いてあって、テキストでも、例えばAlcuni italiani parlano bene il giapponese.というような文を、「数人のイタリア人は上手に日本語を話します」なんて日本語訳が添えてあったりします。そんな日本語、普通使いませんよ。普通は「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」って言いますよね。

 もう、Alcuni italiani parlano bene il giapponese.は「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」なんだって思った方が良くないですかね?そうすれば、逆ができるようになります。「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」って言いたいときに、Alcuni italiani parlano bene il giapponese.が出てきます。
 
 これは確かに文法構造を無視した意訳ですから、難しいかもしれません。でもそれは、イタリア語の初心者にとって難しいわけではなく、自分の使う言葉に鈍感な人にとって難しいだけのことです。この辺の話はまたの機会に。

 で、ここで言いたいことは、やっぱりイタリア語を含めた欧米の言語(他を知らないので)と日本語の表現に決定的な違いがあるということなんです。だけど、その違いを確認していかないと、いつまでたっても、勉強しているイタリア語と、自然に話している日本語の間の距離は縮まりません。本の中で、学校で講師の先生が話すのを聞くとき、ああこんな意味のことなんだなってイタリア語を理解したつもりになれても、それは傍観者のようなもので、能動的に使えないままです。

 自分の使う言葉にもっともっとイタリア語の世界を引き寄せていく努力が必要だと言いたい。

 そうそう、だから「自分の訳」があっていいんです(意味が間違ってなければ)。上の文にも、私の訳とは違う、自分なりの訳があればその方がもっといいわけです。

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25/08/2006

前置詞

 日本人にとって一番大事なのは前置詞だと思います。

 入門から始めると、名詞の性別、冠詞の形、動詞の活用と、挫折しがちなポイントはいくつもあります。でも、これらはすべて覚えてしまえばいいことです。まー確かに、「覚えてしまう」というのはそんな簡単なことではありません。でもそこは、覚え方を工夫して、何度も口に出し、手を動かし、毎日触れて…努力すれば必ず実ります。

 しかし、前置詞の使い方は、こうした記憶ものではありません。前置詞を上手く使うことは、イタリア語の文の構造を理解することと、ほぼ同じ意味があります。

 イタリア語は、英語より語順が流動的です。それを可能にしているのが前置詞の存在です。どの前置詞をつけるのか、あるいは前置詞をつけないのか。語順が変わっても、前置詞が合っていれば意味が通じるのです。

 日本語の助詞「て・に・を・は」に相当しますが、イタリア語の前置詞と日本語の助詞とは1対1の関係になっていません。(例えば前置詞aは助詞の「に、で、へ」になることが多く、またもっと違う日本語に訳せる場合もあります)また、動詞との兼ね合いで、日本語とはもっとズレていってしまうことがあります。だから、機械的に覚えることは不可能です。無理に対応表を作るとしたら、この程度→ に=a、の=di、を=×(前置詞なし)、は/が=×(前置詞なし) 

 日本語の助詞は名詞などの後ろに置く後置詞です。前置詞は前に置くのですから、日本語の感覚とひっくり返す必要があります。英語などで慣れている人以外は、まず、「〜の」は「di〜」、「〜に」は「a〜」、というようにひっくり返して思い浮かべる訓練もするといいです。

 よく使う前置詞は、直後に定冠詞が来ると結合します。これがまた壁になってしまうことが多いのですが、冠詞は間違えても通じるので、そこは是非ともあまり気にせずに。それよりもとにかく、前置詞を間違えないことの方がずっとずっと、っつーか、一番大切です。

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07/03/2006

語順とニュアンス。やっぱりちょっと修正します

 こんな質問をいただきました。
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ロッシ夫妻は子どもがいますか? → Hanno figli i Signori Rossi?  I Signori Rossi hanno figli?  どちらもいいのでしょうか?
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 イタリア語は、平叙文と疑問文で順番を変えることはしません。ただ、ニュアンスによって、それが平叙文でも疑問文でも同じように順番が変わってきます。というわけで、上の二つの文はどちらも正解ですがニュアンスが異なります。

Hanno figli i Signori Rossi? で、イントネーションのクライマックスをfigliにおくと、「子ども」を強調するということで、ニュアンスとしては「子ども?」という感じになり、ロッシ夫妻に子どもがいることを少し疑っているような「子どもいるんですか?ロッシ夫妻って」となります。
 平叙文にして
Hanno figli i Signori Rossi. としてもやはり「子ども」を強調するので、「子ども、いますよ、ロッシ夫妻には」というニュアンスになります。

 でも同じこの語順で、イントネーションにあまり起伏を持たせずに言えば、「子どもいますか、ロッシ夫妻は?」程度になります。

I Signori Rossi hanno figli? では、イントネーションのクライマックスはRossiにきます。普通に「ロッシ夫妻には子どもがいますか?」と訊ねるのはこちらです。すぐ上の場合との違いは、日本語でも同じで、ただ思いついた順が違っただけです。
 平叙文でも
I Signori Rossi hanno figli. で、「ロッシ夫妻には(複数の)子どもがいます」となります。

 ニュアンスまでは難しいですよね。かなり会話の場面を体験していかないと、こういう感覚を養うのは至難です。日本語に訳すときに、ニュアンスに忠実にやっていくことを心がければ、あるいは不可能ではないかもしれませんが、かなりマニアックな作業になるでしょうね(^^;) 

 語順だけじゃなく、イントネーションもそこに大きな役目を果たしますね。

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16/02/2006

過去の選択

 『熟語"avere l'abitudine di"を過去の時制で用いるとき、 これは「過去の習慣」を表すので、この際の"avere"は必ず半過去形なのでしょうか? 』と質問をいただきました。

 avere l'abitudine di〜は「 〜するという習慣を持つ」という意味ですが、ここで考えるべきは動詞部分avereのみです。だから両方あります。

 「私は朝食べないことをずっと習慣としてきた」というのは
Ho sempre avuto l'abitudine di non mangiare la mattina.

 「その当時は朝食べないことを習慣としていた」というのは
In quel periodo avevo l'abitudine di non mangiare la mattina.

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10/02/2006

冠詞の話

 秋さんの記事へのトラックバックです。

la cenaとすればバッチリだと思います。una cenaと言われると、どんな?って聞きたくなります。una cena specialeとか、una cena romanticaとか、なんか、続きがあるような。不定冠詞は、いろいろあるうちの何かひとつなんだというつもりでつけるんですよね。定冠詞は聞き手もピンと来て当然の決まったものにつけるので、la cenaだと、ああ普通に夕食ね、って感じます。

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