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03/09/2006

イタリア語の傍観者にならないで

 教材にしろ、なんにしろ、イタリア語を日本語に訳すときは、文法に忠実であることよりも、自分の言葉遣いでできるだけ自然な文になるようにして下さい。難しい文章を自然な日本語に訳すには技術が必要で、それは翻訳者の仕事。私がここで言うのは簡単な文のことです。

 例えばalcuniという単語は、辞書をひくと「いくつかの」「数人の」と書いてあって、テキストでも、例えばAlcuni italiani parlano bene il giapponese.というような文を、「数人のイタリア人は上手に日本語を話します」なんて日本語訳が添えてあったりします。そんな日本語、普通使いませんよ。普通は「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」って言いますよね。

 もう、Alcuni italiani parlano bene il giapponese.は「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」なんだって思った方が良くないですかね?そうすれば、逆ができるようになります。「イタリア人の中には上手に日本語を話す人もいます」って言いたいときに、Alcuni italiani parlano bene il giapponese.が出てきます。
 
 これは確かに文法構造を無視した意訳ですから、難しいかもしれません。でもそれは、イタリア語の初心者にとって難しいわけではなく、自分の使う言葉に鈍感な人にとって難しいだけのことです。この辺の話はまたの機会に。

 で、ここで言いたいことは、やっぱりイタリア語を含めた欧米の言語(他を知らないので)と日本語の表現に決定的な違いがあるということなんです。だけど、その違いを確認していかないと、いつまでたっても、勉強しているイタリア語と、自然に話している日本語の間の距離は縮まりません。本の中で、学校で講師の先生が話すのを聞くとき、ああこんな意味のことなんだなってイタリア語を理解したつもりになれても、それは傍観者のようなもので、能動的に使えないままです。

 自分の使う言葉にもっともっとイタリア語の世界を引き寄せていく努力が必要だと言いたい。

 そうそう、だから「自分の訳」があっていいんです(意味が間違ってなければ)。上の文にも、私の訳とは違う、自分なりの訳があればその方がもっといいわけです。

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Commenti

こんにちは、いつも更新楽しみにしています。

読んでいて、うんうん と頷いてしまいました。
ほんとにその通りだと思います。
日本語って欧米語と大きく違う部分があるので、たまに辞書に載ってる日本語の訳を見てもいまいち良く分からなかったりします。
知り合いのイタリア人に日本語を教えているのですが、中にはイタリア語でばかり考えて、なかなか日本語の発想に近づけない人がいます。みりあさんの記事を読んで、このことが頭をかすめました。
言語習得の鍵は、記憶力ではなくて頭の柔らかさなんじゃないかなって、よく思う今日この頃です。

Scritto da: zz | 11/09/2006 a 11:18 p.

zzさん
 はじめまして!実はコメント書いたつもりだったのに、ちゃんと送信できていなかったらしく、結果非常に遅いお返事になってしまって申し訳ありません。時々やっちゃうんです…

 人に教えてみるとよくわかりますよね。

Scritto da: みりあ | 14/09/2006 a 05:04 p.

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